| ラストワルツは私に〜最終話〜 |
| 僕は今までに、何本か雑誌連載を持っていたこともあったのだが、 これといって文章を書くことが得意だとか、好きだなとか自分で思ったことがなかった。 でも過去に一回だけ、中学生のときに、県の作文コンクールに提出する、 学年代表に選ばれたことがあったかな。 確か山形市民会館で行われた、ザ・ブルーハ―ツ、永井真理子さん、 ユニコ―ンのコンサートに行って、感じたことなんかを書いたような気がする。 この日記を綴るようになってから二年ちょっと。 どうやら、ようやく以前より文章を書く事が好きになったみたいだ。 この連載がきっかけで、知り合えた人達、たっくさんいたし。 僕なんかは忘れっぽいタチだから、変な話、僕のことを僕以上に知っている人までいて、 びっくりしたものだ。 東京ヨコシマ日記のお陰だよ。 僕は今日、30回目の8月2日を迎えた。 なんにもなかったようで、色々とあったであろう20代。たくさんの出来事が僕の肩にのしかかる。 若々しく、猛々しい蒼の時代は終わる。(おわるのか!?) サ―ティ―・ブル―って訳でもないけど、なんとなく10代、20代にあった出来事や思い出を、 全部後ろにしたくなった。 そんな気持ちもあって、随分と前から今日この日に、書く筆を置くことを、ぼんやりと決めていた。 先日、僕は車にひかれそうになった。 怪我はなかったものの、運転手の過失で起きた出来事だった。 僕個人は気をつけてはいるものの、「死」は何時なんとき、自分の身に降り懸かってくるかは わからない。 そう、そんな当たり前のことを強く再認識した。 生命の終わりは、ある日突然唐突にやってくる時もある、と。 その「死」がやってくる時まで、一日一日、精一杯やりたいことをやって生きて行く。 どう考えても、コレしかない。 否、ない、ように思える。 でも、もしかしたら、本当はやりたいことなんてなくって、やりたくないことをやっていないだけ、、、 なのかも知れないけど。 あんまり自分の日記を読み返すことはないのだが、今日だけはじっくり読んでみようと思う。 果たして、二年前の僕はどんな奴だったのか。 ネット社会の中に身を置き、なにを考えていたのか。 言葉ひとつひとつを拾いあげてみても、きっと多分、何処かぎこちなく、拙いはずであろう。 本当の自分でもあるだろうし、嘘の自分でもあったりする。 人間ってのは、なんか面倒臭いね。 でも、なんかやっぱり良いよね。 ネットがらみの犯罪が目立ってきた昨今。 これからどんな世の中になっていくんだろうと、この東京の空の下で生活していると、 どうしてもそんなふうに考えてしまう。 僕の大好きなレコードはなくなってしまうのだろうか。 携帯電話とは名ばかりの、「便利」というキ―ワ―ドの元に寄せ集められたヘンテコな機械で、 みんなというみんなは、音楽を聴いてゆくのだろうか。 エコや感謝やボランティアが大好きな、一部のヒップホップミュージシャンの優しく高らかなライムは、 ネット犯罪前夜の少年少女に届くのだろうか。 そんな想いや懸念がフト頭をもたげる瞬間がある。 ま、でも本当はそんなこと、どうでもいいことなんだけどね。 こんなこと思っててもネット文化は淘汰されるわけがないし、オ―ガニック文化も更にイイ感じに なっていくだろうし、こうやって実際、携帯電話を気にしている自分だって間違いなく居る訳だし。 だったら僕は僕で、さり気ないマナザシで、ソレらをやり過ごし、 もっと今より面白い景色に逢いにいきたい。 キモチ悪いくらい美しい日々を送っていきたい。 来るもの去るものの場所で、心を踊らせて、刹那の夢を見ていたい。 たとえ、嘘か本当かわからない、顔の見えない腐ったネット社会であったとしても、 これを読んでくれているあなたたちの人生や生活に、少しでも食い込めたこと、 繋がれたことを、やっぱりどうしても僕は嬉しいと思えてしまうんだな。 ありがとう。 ユ―スレコーズ 庄司信也 |


